コジマタカフミ

自分の言葉のコピペ

掌編小説【刀】

 地平の果ても見えぬ広い大地に、幾本もの刀が刺さる。
 一つは柄に青い硝子玉が下がり、一つは赤い紐が千切れて揺れる。同じ刀は一つもない。各々の柄に約束を結びつけ、その約束は無念とともに揺れている。これは墓だ。俺が殺した者達の墓だ。
 その突き刺さる切っ先の下に遺体はない。その代わり一輪、全ての刀の下には白い一輪の花が置かれている。手向けか、礼儀か、何のつもりで花を置いたのか、その理由も忘れてしまった。その花達を並べて捧げたのは紛れもなく俺自身だというのに。
 胡座をかく俺の隣に刺さる刀は柄に花柄の布地が結びつけられている。その生地が元から紅く染められていたのかは、分からない。その下の花弁に小さく露が流れ、大地に染みた。それは男女が流した涙のように思われ、俺もまた、泣いた。

 

 その刀の持ち主のことはよく覚えている。若い男だった。白い着物は縁を赤で留めていた。
 死装束など着て、お前は死ぬためにここに来たのか、と俺は言った。
 するとその若い男は、違う、と叫んだ。お前を殺すために来た、と吠えた。
 今と同じように胡座をかいていた俺に対し、若い男は支離滅裂なことを叫びながら袈裟に切りかかってきた。聞き取れたのは敵討ち、という言葉だけだった。
 大降りに切りかかって来る若い男に対して、俺は鞘に収めたままの刀をそのまま中空に留めるようにして、前に押し出した。丁度先端が向かってくる若い男の鼻頭に当たるような位置だった。若い男は自分の突っ込んできた勢いのまま刀の先にぶち当たり、前方へと倒れた。若い男の刀は持ち主の手から離れ、俺の右隣に転がった。柄は赤く滲んでおり、それは若い男の両手の平も同様だった。
 それ程に俺を殺したいか。俺は問うた。
 殺したい。若い男は喉の奥から絞るような低い声で答えた。
 見ると、眉間から血が溢れ、若い男の眼球を紅く濡らしていた。赤の中に浮かぶ黒い月は、ぎろりとこちらを睨みつける。
 村の者は皆、お前に殺され、死んだ。許せぬ、許せぬ、殺してやる。
 井戸の奥から立ち上る声は、憎悪に塗れて黒く俺の耳穴まで届いた。
 奴らが勝手に死んだのだろう、俺はそう言って刀を杖代わりに立ち上がった。
 奴らもお前と同じように俺に切り掛かり、死んだ。お前らは皆、俺の元へ一人一人死にに来ているだけだ。
 俺は鞘から黒金を抜き取り、若い男の首に添えた。農作業で浅黒く焼けた肌に切っ先が触れる。若者らしい、柔らかさを感じた。
 いいのか、お前。このまま死ぬぞ。俺は刃を少しばかり肌にめり込ませ、言った。この押し添えた鋼を俺がひょいと引き抜けば、それだけでこの若い男は死ぬのだ。朱に飲みこまれて男は死ぬのだ。


 女が待っているのではないか。俺は問うた。若い男は眉間の皮膚を少し寄せた。此方は見ない。自らの柔肌に添えられた鋼を見ていた。その鋼に映る自分自身の在り様を見ていた。
 命を無駄にするな。女が居るのだろう。女の下へ行け。死にたいのならば、そこで死ね。俺はつらつらと本心を述べる。
 どうせその女とは結ばれる事が許されないのだろう。そう言った村なのだろう。お前らの云う村、とは。だからここに来たのだろう。お前も。俺は刀を首から離し、鞘に納めた。
 もう用は済んだだろう。行け。お前はもう死んだ。死んだ者にまでとやかく云う阿呆も、お前の村には居ないだろう。
 倒れたままの若い男を尻目に、俺はその場所を去った。一晩して戻ってみれば、そこには若い男の鈍刀が突き刺さっていた。
 俺はその刀の足元に、白い一輪の花を添えた。


 俺は人なんざ殺していない。勝手に此処で死んでいっただけだ。死んだ奴がどこに行くかは知らんが、案外楽しそうにしているのではないか。伝染病の蔓延る田舎の村よりかは、どこだって幸せだろう。
 それに、作った本人を殺しても、病が治る訳でもあるまい。

 

 遠く見渡す限り続く平原に、幾本もの刀が突き刺さる。一振りは血に塗れ、一振りは刃が欠けている。同じ刀など一つも無かった。