掌編小説
カップ焼きそば。彼女から名乗ることは一度もなかったが、表面に記されたその名を僕は忘れることはないだろう。彼女を平らげ、全てを胃に収めてしまった後でも。 彼女と出会ったのは必然だったのかもしれない。空腹に耐えかね、住処の外へと飛び出した僕。…
地平の果ても見えぬ広い大地に、幾本もの刀が刺さる。 一つは柄に青い硝子玉が下がり、一つは赤い紐が千切れて揺れる。同じ刀は一つもない。各々の柄に約束を結びつけ、その約束は無念とともに揺れている。これは墓だ。俺が殺した者達の墓だ。 その突き刺さ…
生まれて来てからこれまで、世界と自分とのズレを感じずにはいられなかった。 言葉を発すれば周りは訝しげな表情で俺を見つめ、体を動かせば指を指して笑われる。 これは自分が世界とズレているからなのだろうか?俺は生まれて来てからずっと、何かに属して…
午前2時。暗い部屋に時計の音がこだまする。目を瞑ってみても瞼の裏ではグルグルと目玉が回る。 ボヤボヤと頭に浮かんでは消えてを繰り返すのは今日の失敗、昨日の失態。 何年にも前にかいた恥が未だに私の胸の内でぐるぐると渦巻いている。 羞恥やら後悔や…
「想像していたことは絶対に起こらない」これは僕のジンクス。現実は想像を超えるとはよく言ったもので、現実世界は予想通りに上手く行くことの方が少ない。アクシデント、ハプニング、誰かの意図、思惑。そんな不確定要素の交わる中で僕らは生きている。 9:…
「君、生きるとはどういうことだと思うかね」 先生は本当に唐突に、私に問いかけた。傾き始めた日差しが部屋の埃をキラキラと照らす。 積み上げられた本の向こう側、先生が居るであろう方向に向けて、私は返事を返した。 「さあ、見当もつきません」 ギシリ…
どうやら私の命は残り3日のようだ。悲しくはない。この世に悔いもない。苦しまずに逝けるとの事なので、そこは幸運だったのかもしれない。なんにせよ医者とはすごいものだ。誰がいつ死ぬかななどということは神でさえも把握していないだろうに、目の前の医者…
抓んだ紙巻を口元へ。爪と同じ色に潤んだ唇。吸い込む煙は肺に沁み、細く紡ぐように唇の隙間から漏れ出す。紫煙を吐きだす相手は青空。冷たい鉄柵に凭れかかって、悩み一つない快晴に灰の雲を吹き掛ける。 心に浮かぶ思考や感情。ない交ぜにして共に吐きだす…
赤く焦げた空に烏が鳴く。住宅街から染みる懐かしい匂いは誰の帰りを待っているのだろうか。雨は数日降っていない。乾いた空気は暑い訳でも涼しい訳でもなく、ただ心地良く肌に触れる。錆びたバス停の前で立ち止まると、すぐにバスが現れ、扉を開けた。それ…
「長生きをすることは人それぞれの幸福度合いを著しく下げることにつながります」 「70歳を境目に国民一人一人の幸福指数は減少を始め、平均して80歳ごろには不幸指数が幸福指数を上回ります。つまり、人間が生きることを幸せに感じられるのは長くても80歳ま…
私が生まれたのは豪邸の一室だった。私を作った少女は、機械油に塗れた顔で一つ、命じた。「手を繋いで」私がそろりと右手を差し伸べると、少女も右手を差し出し、手を結んだ。二、三度感触を確かめるように私の手を握ると、此方を見上げ、「貴方の名前はAI(…