コジマタカフミ

自分の言葉のコピペ

海は好き

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思い返すとよく海に逃げていた気がする。

 

一人でいても気に留められない。

気にされることがない。

一人になれる場所。

 

ただじっと、車の中から海を眺めてた。

全部投げ捨てたくて、

全部から逃げたくて。

 

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誰の声も聞きたくない。

悪いのは俺だ。って、わかってる。

弱いのは俺だ。って、わかってる。

 

優しい言葉も、アドバイスも、

厳しい言葉も、叱責も、

何も聞きたくなかった。

 

ただただ、何もしたくなかった。

何をする気力もなくて、

やろうとする勇気もなかった。

 

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当時タバコの火種を押し当てて描いたもの

 

ただ、海を眺めた。

タバコを吸って、また海を眺めた。

眠くもないのに目を閉じて、

ただ、そこで時間が過ぎるのを待った。

 

考え始めても頭の中を回るのは自分への怒り。

考えれば考えるほど、どうにもならない絶望。

だから、何も考えたくない。

だから、何もしたくない。

 

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むしろ、動くことは悪いことのように思えた。

食べ物を買いに車を動かすことさえも悪いことのように思えた。

うつ病の振りするならちゃんと演じろよ」

そう言われている気がした。

 

車の中には自分一人。

自分の胃袋を押しつぶすように、

肺から全部を吐き出すように、

膝を抱いて横になっていた。

 

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そこから助け出されるのはもう少し後の話。

底無しの沼から腕を掴んで引っ張り上げられるのは、

海まで駆けつけて来てくれた人がいたのは、

一晩中隣に座っていてくれた人がいたのは、

また別の話。

 

こじま

こういうの、作りたい、って話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことはいっぱいあるけど、

俺の知識が全く足りてない。

 

コーヒーも好き。文章書くのも好き。

お店もやりたい。HPも作りたい。

今までになかったものを作りたい。

 

そんなかんじ。

 

 

こじま

【ジンクス】

 

「想像していたことは絶対に起こらない」
これは僕のジンクス。
現実は想像を超えるとはよく言ったもので、現実世界は予想通りに上手く行くことの方が少ない。アクシデント、ハプニング、誰かの意図、思惑。そんな不確定要素の交わる中で僕らは生きている。

9:50pm ・ 25 Jul 2017

 

「絶対にスピーチで失敗する」と頭に浮かべば、その日のスピーチは上手く行く。その代わりに企画は通らなかった。
「車に乗ったら事故を起こしそうだ」と頭に浮かんでも、そうそう事故を起こす事など無い。そもそも、事故が起こる確率など変わらないのだから、その日に限ってということは有り得ない。

9:53pm ・ 25 Jul 2017

 

想像していた事は絶対に起こらない。逆に言うならば、現実に起こることは想像できないということだ。
中でも、「死」を想像できる者はいない。何故なら、死を経験した者はこの世におらず、音声であれ、文字であれ、絵画であれ、その感覚をほかの者に伝えることはできないからである。

10:00pm ・ 25 Jul 2017

 

つまり何が言いたいかと言えば、死は誰にでも訪れる可能性がある、という事だ。
今日死ぬかもしれないと毎朝思う人が居ても、実際に死んだとしても、全ての予測はできない。
もしかしたら車に轢かれるかもしれない。ホームで足を踏み外すかもしれない。刺されるかもしれない。押されるかもしれない。

10:06pm ・ 25 Jul 2017

 

「想像していた事は絶対に起こらない」
「人生は想像通り上手く行くことなんてない」
「現実は想像を超える」

人一人の人生に何が起こるのか予想できる。なんて、断言することは酷くおこがましいことだ。
ましてや、自分の人生のことななんて。
一番知っているようで何も知らないくせに。

10:12pm ・ 25 Jul 2017

 

「想像していた事は絶対に起こらない」
僕は普通に小中高と卒業して、大学へ行って、サラリーマンになるんだと思っていた。想像していた。
実際はどうだったのか。
大学には入ったものの精神を患い、休学からの退学、その後専門学校に通うも、また退学、現在こうして執筆活動をしている。

10:16pm ・ 25 Jul 2017

 

人生なんてわからないものだ。
自分が明日生きているかすらも明確ではない。
もしかすればこの文が誰かの目に触れ、明後日には作家デビューしているかもしれない。
明々後日には家がなくなっているかもしれない。

10:19pm ・ 25 Jul 2017

 

僕達には想像も出来ない明日が待っている。
それならば僕らが出来る事といえば、死に絶望し下を向くことでも、生きることを諦め地に座することでもなく、
「想像も出来ない何かが起こる」明日に向け、ただ、前を向くことだけなのではないだろうか。
きっと、良いことが起こると信じて。

10:23pm ・ 25 Jul 2017

 

10:26pm ・ 25 Jul 2017

 

 

掌編小説【先生と私】

「君、生きるとはどういうことだと思うかね」

 先生は本当に唐突に、私に問いかけた。傾き始めた日差しが部屋の埃をキラキラと照らす。

 

 積み上げられた本の向こう側、先生が居るであろう方向に向けて、私は返事を返した。

「さあ、見当もつきません」

 ギシリ、古びた椅子の軋む音。本の向こう側で姿勢を正したであろう先生は続けて私に話しかける。

「私はね、君、恥をかくことだと思うのだよ」

「はぁ、何故ですか?先生」

 あくまに興味なさげに、しかし先生の尊厳も傷つけないように。

 ため息混じりに吐いた返事はゆるりと漂う。

 

「恥をかくと嬉しかったことよりも記憶に強く残るだろう?」

「そうですね……確かにそうですが」

 少し考えてから、私は返す。

「それならば、生きることとは記憶を残すこと、という事でも良いのでは?」

「ふむ、そういった見方も出来るね」

 ギシリ、また、椅子の軋む音。背もたれにどっかりと体重を預け、顎に手を当てた先生の姿がありありと浮かんだ。

 

 私はまた少し考え、先生に言葉を返す。

「しかし、記憶を残したとしても人は死ねば記憶を残すことはできませんよね」

「だからこうして話をしているんじゃあないか、君」

 私の記憶が失せても、君の記憶には残るだろう。先生はそう言って、軽く笑った。

 

「他人の中に生きる、という事でしょうか?」

「そうだね。つまりはそういうことになる。人が死ぬときは人から忘れられた時さ」

「先生にしては珍しく尤もなことをおっしゃりますね」

「なに、引用さ、私の好きな漫画の一節でね」

 私は先生にも分かりやすいように大きく、大きく、ため息をついた。

「あぁ、なるほど。少し先生を褒めたことを後悔しています」

「何故だい?引用した文もまた、私の知識の一部だ。それは教科書に載っている公式を扱うことと相違はないだろう」

 あからさまに楽しそうな声色になる。先生は私を呆れさせることが好きなのだ。きっと。

 

「確かにそれはそうなのですが、それは尤もなことなのですが」

 本の向こう側で口角の片側を持ち上げているであろう先生に向け、私は言葉を返す。そう、あくまで興味なさげに、冷静に。

「その引用の言葉をまるで先生自身が編み出したかのように読み上げることが問題なのです」

 ふふん、先生は鼻を鳴らす。屁理屈で私に勝てるとでも?そう言わんとばかりに。

 

「ならば君、1足す1はいくつだね」

「2、ですが?」

「それは君が考えたことかね」

「計算した、という意味ではそうでしょう」「しかし足し算という方法を編み出したのは君ではない、遥か太古の学者だろう」

 小賢しいことを言う。仮にも先生と呼ばれているのだから"賢しい"ことは確かなのだが、それにしても小賢しい。

 

「はぁ、まぁ……」

 私は今日何度目かのため息を吐き、先生に会話のバトンを返す。

「それはそうなのですが」

「つまりは引用もそういったことの延長という事にはならないかね」

「ならないのではないのでしょうか」

「ふむ、そうかね。では、なぜそう思うのかね」

 腕組みをし、かかってこいと言わんばかりに大股を広げた先生の姿が目に浮かぶ。

 

 私は事柄を一つ一つ確かめるように、ゆっくりと先生に反論を返す。

「足し算は私も先生も知っております。しかし、先生の引用を私は知りませんでした。つまり、少なくとも先生は私を 騙した、という事になるかと私は考えます」

「私にその意思がなかった、としてもかね?」

「ええ、詐欺です」

 詐欺です。そう吐き捨てた私の口角はきっと、少しばかり持ち上がっていただろうか。

 

「それは困った。君の見聞が狭いばかりに私は詐欺師になってしまった」

 芝居じみた声色で先生は嘆く。しっかりと責任の所在を私になすりつけた上で。

「私を先生の詐欺行為に加担させないで頂けますか」

「ああ、済まない言葉が過ぎたね」

 きっと部屋の向こう側で手のひらを宙に泳がせているのだろう。先生はケタケタと笑う。

 

 ひとしきり笑ったのち、先生は思い出したかのように言う。

「いやぁ、それにしても、これは元々なんの話だったかな」

「先生が生きるとは何か、と仰って始めた会話です」

「そうか、なるほど。つまり生きるという事は生産性の無い会話の様なものだと」

 勝手に始めた会話を勝手に結論づけた先生は古びた明日から立ち上がり、大きく伸びをした。

 本の頂上から先生の膝から上だけが顔を出す。

 

「そうですね」

 私も座ったまま、伸びをする。机の上に投げ出されたままのノート。結局私の作業は何も進まなかった。

「そして互いを探り合い、時には詐欺行為までとってしまう。それが生きることだ」

 右に左に腰を背中を伸ばしながら、先生は結論を述べていく。

「そうなのでしょうかね」

 白紙のままのノートを片付け、ペンをしまう。もう姿の見える先生に向けて、私は適当に返事を放り投げた。

「なんだい、君、投げやりになったじゃあないか」

「いいえ、先生との生産性の無い会話に没頭してしまった自分自身に辟易しているのです」

「ははは、良いじゃないか、こんな時間も」

 

 先生は上着を羽織り、時計を手首に巻く。

「さて、そろそろ時間だ。準備を使用じゃあないか。ええと、レジュメはどこに置いたか」

「ここに」

「ああ、済まないな。それでは君、また」

「ええ、また」

先生は足早に、部屋を後にした。

 

—静—

 

 茜色の空を見上げながら、私は考える。

「生きることとは」

「生きるとは」

「恥をかく、事である」

「頬を染める、事である」

「そうなのでしょうか」

 

 西日を肌に感じながら、私は思う。

「きっとこの会話は私の記憶に残るだろう」

「なぜなら私は」

「私の頬は」

 

 私は、そう思った。

 

—終—

 

 

掌編小説【無意味】


 どうやら私の命は残り3日のようだ。悲しくはない。この世に悔いもない。苦しまずに逝けるとの事なので、そこは幸運だったのかもしれない。なんにせよ医者とはすごいものだ。誰がいつ死ぬかななどということは神でさえも把握していないだろうに、目の前の医者はあっけなく「君は死ぬ」と言う。どのようにして死ぬのかと聞けば、三日目の朝、寝たままに気づけば死んでいるという。僕は20年とそこそこの年月をこの世に生きてきたが、死を司る神を見たのは初めてだ。死神は白衣を着て目の前に現れる。


「何か最後にしておくことはあるか」と死神が聞くが生憎自分には死の前後に慌てふためくほどに真剣にこの世を生きてきたつもりはなかった。生きがいもなく、宛もなく、日々を過ごしてきたがために、最後だと言われてもてんでするべきことが思いつかないのだ。ああそうだ、嫁はいないが母親はいただろうか。もうしばらく会っていなかったが、彼女に言葉の一つでも残せばこの死神は満足するだろうか。実家に電話をしてみると、彼女は死んでいた。三年前に心臓を患い、苦しんだ挙句に最期、天井にまで届かん勢いの血を吐いて死んだそうだ。つまりは最後の繋がりであった肉親すらもうこの世にいないということになる。


 僕は余命まであと2日と半分を残してもう手を打ち尽くしてしまった。病室のベッドでうつらうつらしていると、医者の格好をした死神が時間を告げた。「外でも散歩してきたらどうですか」猫背と後ろ手にメガネを傾ける死神の目の色は灰色だった。生を白、死を黒とするのならば、そのちょうど中間の色合いをしていた。硬いベッドの上でまんじりともしないのも飽きたところだ。


 外は青く、澄んだ空に緑が照らされていた。芝生の上に足を踏み入れ、ばたつかせる。走る。跳ぶ。不思議なことだ、僕はこんなにも元気だというのに「明後日あなたは死ぬんです」死神は背中越しに言葉を投げてくる。「明後日にはころりと布団に転がるのです」僕は僕が3歳の時に死んだ犬を思い出した。その犬は死んだと思ってもまだ生きていた。最後の一週間も何をするわけでもなく眠り続けていた。そして動けなくなってから一年して、ようやく死んだ。それに比べて僕はなんだいピンピンしている。それでも明後日には死ぬらしい。犬はこんなに動くことができたら何をしていただろうか。ボールでも持って公園に行き、孫子供と戯れた後に死んだだろうか。犬でさえそうだというのに僕はただ外に出ただけでこんなに億劫だ。部屋に戻ろう。外に出たところで動いたところで疲れるだけだ。ベッドから繋がれた命綱を伝うように僕は部屋に戻った。


 病室には一人女がいた「誰だ」と言ったら殴られた。なんでも彼女は僕の知り合いらしい。きーきーとやかましく僕と死神を罵る。なぜすぐに呼ばなかったと僕に、なぜ助からないそんなことがあるかと死神に、それぞれの襟首をつかんでぶんぶんぶんと唾を飛ばす。ああ、喧しいことだ、知らん知らん。布団に潜ろうとすれば彼女に布団を剥がされる。その夜女が僕の布団の上で裸になり「抱け」というので抱いた。最中女はずっと僕の名を呼び続けていたが、それが果たして僕の名前だろうかとずっと考え続け、気がつけば女は眠っていた。日は登り始めていた。どうやら僕は明日死ぬようだ。特に悲しくもなかったが、女が泣くのを見て少し泣いた。


 女が帰ると僕は文字を書き始めた。何かを残したかったわけではなく、なんとなく今までを振り返ってみたかったのだ。それでは最初の一文を書く。「僕は後3日で死ぬ」いやまて、それは一昨日の話だろう書いているのは今なのだから文章も今の時系列に合わせるべきだ。つまり「僕は明日死ぬ」


「僕は明日死ぬ。自殺行為などではない。確かに夢も希望もないこの世にはほとほと呆れてはいるが、自ら死ぬほどではない。第一面倒だ。だがしかし、僕は死ぬ。自らの手ではないとすれば他者の手によって?病原菌とやらを人に例えるとするならそうなるだろう。僕は明日殺される。医者が言うには病原菌に。ならば、その病原菌とは一体何なのかと問われても僕は何も応えることができない。なぜなら全ては医者の格好をした死神に言われたままのことだからだ。二日前に『お前はあと3日で死ぬ』と言われ、それを信じているだけだ。聞けばきっと応えるだろう。だかなにぶん僕には学がないため理解はできないだろう。ならば、僕は誰に殺されるか、なんと呼ばれる病原菌に殺されるか、などというつまらないことに思考を巡らせるのではなく。唯僕は明日の朝死ぬという事だけ把握しておけばいいのだ。そのほうが少ない頭の使いみちも出来てくるというものだろう。」


 ここまで書いて、僕は紙をクシャクシャに丸めた。意味がないことに気がついたからだ。どうせ渡す相手などいない手紙を書くことなど、意味はない。意味などないのだ、生きることには。だからこんなにも死を自然と受け入れられているのだろう。生に意味がなければ、死にも意味はない。ただ、やってくるもの。病室の向かいの壁に丸めた紙を投げつけた。もう一眠りすれば明日になる。明日になれば死んでいる。楽なものだ。苦しむこともなく、自動的に死へと向かう。自殺者には知ってもらいたいものだ、死はどうせ避けられぬものなのだから、自ら首を釣らずとも、寝ていれば勝手に死んでいる。まあ、死んでいるものに手紙を書いても無駄なのだが。


 僕は眠りにつくことにした。無駄に無駄なことについて考えるのはひたすらに無駄なことだと思ったのだ。何も考えたくないので眠る。明日の死を期待して眠る。どうやら僕は死後の世界とやらに期待をしているようだ。今までを死後の世界のことなど考えたこともなかったが、なかなかどうして気になってくる。死の直前という経験は初めてだ。死を体感するのも初めてだ。どの様に視界が変わるのだろう。どの様に意識が途切れるのだろう。それとも意識は途切れず幽霊のように漂うのだろうか。そんなこんなで考えていると、結局時計の針は深夜を指していた。不意に眠気が来た。まぶたの重さに耐えかねて目を瞑ると

 

「ああ、なるほど、死とはこういうことなのか」

僕は理解をし、死んだ。

 

掌編小説【屋上】

 

抓んだ紙巻を口元へ。
爪と同じ色に潤んだ唇。
吸い込む煙は肺に沁み、
細く紡ぐように唇の隙間から漏れ出す。
紫煙を吐きだす相手は青空。
冷たい鉄柵に凭れかかって、
悩み一つない快晴に灰の雲を吹き掛ける。

 

心に浮かぶ思考や感情。
ない交ぜにして共に吐きだす。
言葉にならない想いを紡いで、
煙で編んだ呪いを吐きだす。
苦悩、諦め、怒り、無気力。
呪いはすぐに空へと散るも、
胸の内にはタールが残る。

 

根元まで焦げた灰の残り火。
黒のヒールで押し潰す。
冷たい鉄柵から体を離し、
明るく眩しい空を見上げる。
黒々とした前髪の向こう側。
細めた瞼に敵意を示す。
淀んだ空気を目一杯吸いこみ、
「死ね」と小さく青空に吐いた。

 

『屋上』

掌編小説【バス】

 

赤く焦げた空に烏が鳴く。住宅街から染みる懐かしい匂いは誰の帰りを待っているのだろうか。雨は数日降っていない。乾いた空気は暑い訳でも涼しい訳でもなく、ただ心地良く肌に触れる。錆びたバス停の前で立ち止まると、すぐにバスが現れ、扉を開けた。それまで車の往来など全くなかったというのに。

 

もしかしたら、呆けているうちに何分も経過していたのかもしれない。目の前を何台も車が通過していたのかもしれない。そんなことを考えながら、また呆けて空を見つめた。焦げた空は深い黒に変わっていた。車内に閉じ込められた僕と、窓に張り付いては飛んでを繰り返す羽虫。僕以外に乗客はいなかった。

 

聞き取りづらい車掌の声がして、バスは停車した。学習塾の前だった。バス後部の扉が開くと、学ランの坊主頭が三人、整理券をとって乗車してきた。わいわい。がやがや。与太話。ああ、僕は全くの別次元に迷い込んだというわけではないんだな。そう思うと少しほっとして、でもほんの少し寂しくなった。

 

学ラン三人は僕より前方の座席に並んで座った。座席はバスの中央に向かっているので、三人の顔が良く見えた。僕から見て一番手前、一番左に座る、ぎょろりとした丸い目の少年が言った。

ヤマザキの家にさ、俺、忘れ物したみたいだよ。昨日帰りに寄った時」

「本当かよ?うちには何もなかったぜ」

反応したところを見ると、真ん中の少年がヤマザキの様だ。乗車してくるときは気が付かなかったが、彼一人だけ頭一つ分背が高い。自然と、他の二人を見下ろす格好になる。

 

「ヤスダの家じゃないのか。一昨日、寄っていただろう」

ヤマザキは体を動かさず、首だけをぐるりとまわして左隣の少年に言った。

 

右端の少年はヤスダとわかった。ヤスダは耳が大きく額に皺がある。猿に似ている。口を尖らせて話すのが癖になっているらしく、口を開くとヤスダは更に猿らしく見えた。

「俺の家にも無かったと思うがなぁ。だいたいヤマダは鞄から何も出さなかったじゃないか」

そうか、忘れ物をしたのはヤマダなのか。

 

左端のギョロ目、もといヤマダは自らの背負い鞄を漁り始めた。くしゃくしゃと紙が皺を作る音が聞こえる。あ、とヤマダは声を漏らした。

「ああ、ごめん、勘違いだったみたいだ。あったよ」

二人に向き直ってヤマダははにかみを見せた。

 「ほらみろ」「そうだろう?」

ヤマザキとヤスダは声を揃える。

 

二人が溜息を着いたところで、ベルが鳴った。バスの車内の至る所に設置された降車ボタンが一斉に赤く点灯する。

降車します。降車します。降車します。ボタンを押したのは一人だけなのに、その光はまるで車内全員の総意のを表しているかのように見えた。

「やあ、着いたみたいだ」

猿顔のヤスダが言った。

 

その時初めて気が付いたが、バスの乗客は僕と学ランだけではなくなっていた。一人、二人、いや、十人、二十人、座席は全て埋まっていた。何故気が付かなかったのか、大体いつ乗車したのだろう、そもそもいつ停車したのだろう、さては初めから皆乗っていたのか。それとも、僕が呆けていたからだろうか。

 

ゆっくりとバスのスピードが落ち、仄暗い住宅街のバス停の前で止まった。先ほどの学生三人が立ち上がると、バス前方のドアが開いた。「そういえば何を無くしていたんだい?」
「中指。見つかってよかったよ」
「ああ、なんだ、てっきり鍵でも無くしたのかと思ったよ」
「僕も実はこないださ」

学生三人がわいのわいのと話しながらそれぞれ料金箱に小銭を放り込んで降車すると、後に大きな荷物を持った老婆、イヤホンをぶら下げた青年、スーツ姿の男が続いて降りた。ここはどこなのだろう、バス停の文字を読むと、僕の実家の近所だった。再び動き出したバスの中は、人が減って少し涼しくなった。

 

外の景色は数分前と変わっていない。星もない、深い黒のままだった。大通りに沿って門を構える店の数々と、信号の明かりが眩しい。車掌がまた籠った聞き取りづらい声で地名を告げた。聞き覚えがあるように感じて、ボタンを押した。僕の意が総意となった。学生が降りたときよりも更に人は減っていた。

 

緩やかに速度を落としたバスは、見覚えのある町並みを窓に映して停車した。降りるのは僕だけらしい。運賃がわからないので千円札を2回畳んで料金箱に入れた。運転手がなにか言った気がしたが、もう一度聞き返す前に扉が開いた。生ぬるい湿気と醤油の臭い。凭れた金属の手すりがやけに冷たく感じた。